2008/12/11

畑が在れば路頭に迷わない

 都市部で人が路頭に迷うのは、二次産業という食い口で商売を求めようとする執着心の表れではないか。
 一次産業の根幹たる畑(農場)や海(漁場)が在れば少なくとも自給自足は出来る。
 其処で問題になるのが住居とインフラ。
 矢張り失業のセーフティネットは農業や漁業にすべきだと、公務員は汗水垂らして其れ等に従事し公僕として国民の飯の種になれと言いたい。
 其れなら給料が民間平均値でも「ああ当然だよな」と納得行く。

 少なくとも昨今の求職者や失業者の訴えを眺める限り、公務員希望者や共産主義に活路を見出そうとする賎しさが目に剰るわけだが、こうした姿を鑑みる限りは理に適っていると思う。

 人間てのは現金な物で、経済力が強い間は国家なんて当てにならないとか信用出来ないとか要らないとか言い放つが、いざ苦しくなって弱い立場になると従順になり国家へ従属しようとする。
 此れは従業員に限らず管理職や経営者も然りだが、問題になって困窮している企業は双方共に価値観を切り替えないと埒が明かない。

 製造業は物が売れなきゃ始らない。
 此の物わかりの良さもある意味危険だが、頭を使わず職人的スキルアップの無い単純労働的なルーチンワークで代替が利く製造業末端従業員は、創造する頭を使わずに済んでいるという頭脳労働怠慢によるリスクを放棄した自分を棚に上げてユニオン、共闘して再雇用に訴える姿は傍から見て矢張り冷めた目で滑稽に見えてしまう物。
 だからと言ってそうした人々を世の中全体が否定的に切り捨てて行く様は見ていられない。
 だからこそ第一次産業と云う名の保守の踏襲を前提とした経済の在り方を見直す必用がある。
 何れにしても団塊世代が繰り広げて来た核家族化という拡散は終演し、加勢大周じゃないが皆田舎へ帰って収束して行くだろう。
 其処に就職先が在るか出来るかは道州制後の小さな政府次第といったところか?何か必然性を感じる。

 日本のアルファブロガー達が奥歯に物が挟まった様にハッキリと物が言えない解雇問題について書いてみた。

 言える筈も無い、彼等は彼等とは真逆の立場のIT系で知的産業を担う頭脳労働者、取り上げる事すれ言及は出来ないだろう。
 特にトヨタやキヤノンには言及出来たとしてもソニーには無理。
 ソニー商法の本質はソニー絶賛本と言う名の聖書のバラ撒きに他ならない。
 出版業界、殊にコンピュータや経済関連の出版社は其の提灯持ちを80年代からずっとやって来た。
 だからどんなに彼等に理解を示した所でお寒いだけだし、俺みたいに肉体労働者に対し一瞬でもネガティブな発言をしたら即炎上だろう。
 しかもα達は実名を晒しているし知識も価値観もアメリカナイズされているから深層心理として口も滑り易い。
 三次産業に従事する、否第四次産業と呼んでもいい彼等は、ヒエラルキーの頂点に鎮座する現代版茶坊主だ。
 日本の仏教は中華仏教が源流、其の現代に於ける御意見番が米ブログ教会の神父、否牧師なのだから下手な説教垂れたら教会が焼き討ちに遭ってしまう。
 だから茶坊主だけに茶を濁す。
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Posted by Virtue at 19:44 | 静岡 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感
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