2006/09/07

よろしくメカドック(最終話)<モータ・スポーツ論>

http://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0001841/
最終話青春のアクセルオン!
富士スピードウェイでついに渡辺の視力は尽きる。だが彼は心の目で潤たちに最後の戦いを挑む。

 ナベさん・・鼻水垂らしながら見たぉ(TfT)

 当時は白内障は失明を意味したんだよなぁ。。
 盲目の運転という過剰演出も去る事ながら、潤の「ナベさん、彼方は・・・彼方は、目を閉じて運転してるんですか」なんてセリフを吐かれた時には、爆笑物なのに、アニメの世界ではこうした臭い台詞も逆に実写以上のリアリティを醸し出す。

 機械屋の気質もしっかり描写されていて、ホント、最近こういう要所要所をしっかり押さえ凝縮した、ハチャメチャなリアル系子供向けアニメって無いよなぁ。

 今の子供には暴走族と走り屋の区別はつかないだろう。
 まぁメカドックを見る限りは、アニメの演出上そう見えても仕方無いがw
 最近警察がやたら細かく五月蠅いが、つまらない世の中になったものだ。

 走り屋行為は、未舗装路で道交法が完全整備される以前からある、まさに伝統だ。
 「祭り行事」と迄は行かないが、箱根山を走りきると云うのは、自動車開発に於いて欠かす事の出来ない試練だった。
 今現在だって、試乗会はこうした場所で行われ、モータ・ジャーナリストを含め、日産のゴーン等だって箱根を攻めまくっている。
 日本の基幹産業が自動車だって事忘れるなよ、警察の中の人達、、。

 サーキット走行に其の末端の走り屋、マンガ界で例えるなら、走り屋は同人誌みたいなものだ。
 自動車先進国に100年遅れていた日本が、奇跡的な躍進を遂げたのも、モータ・スポーツに挑戦して来た要因が大きい。
 其れは鈴鹿ではなく、未舗装路や登坂等で自動車の基礎を支えた箱根峠、舗装路に於ける高速走行試験を支えた谷田部自動車研究所、そして其れ等の成果を海外車勢と競う事で試し成長させた富士スピードウェイと、自動車産業を支える此等三者三様の役割があったからこそ、今日の自動車産業があるのだ。

 そして其れ等をやってのけた人々は、日本軍の兵器を作っていた技術者達であり、三菱自工(三菱重工)、スバル(富士重工)、日産(プリンス)といった自動車産業という平和的アプローチで戦い続けたのだ。
 其れはまさに、「モノを作る」という保守の真髄だった。

 そして「空気の見える男」由良拓也氏、「エアロの神様」マッド杉山氏といった零戦や紫電等の戦闘機に憧れた少年達が、レーシング・カーを生み出すに至る。
 無論其の拠点は富士スピードウェイ周辺だ。

 そうした想いがあったからこそ、メカドックの様な公道を使ったレースが描かれたのだと思う。
 実際、劇中の露崎さんは「紫電改」のオーナであり、戦前は零戦チューナという設定だった。
 そして此の作品のキーワードは、間違いなく「青春」「スピリッツ(魂)」だろう。
 ナベさんのマシンの名も「ワタナベ・スーパ・スピリッツ」だ。
 (今気付いたけど、潤て潤滑油の潤だね。)

 こういうアニメは最終回を終えると、心にぽっかりと穴が開く。
 毎週放送全30話が生活の一部となり、嵐の様に強烈な印象を与えながらあっと言う間に過ぎ去って行く。
 次週にはトラクタでお馴染みの『F』(エフ)が始まるわけだが、途中で見なくなってしまった。

 話が逸れたが、当時子供だった我々に教えたかった事を、今やるべき時が来たと云っている様な気がしてならない。
 少なくとも、其れより後の世代は少数派だし、今じゃミニバンやエコカーが全盛で、クルマを酷使するドライビングなんて有り得ない行為だろう。
 今後もどんどん人間の闘争心が殺がれて行くに違いない。

 今一度確認しておきたい、欧米自動車先進国は、日本より100年も前から、戦争という武器・兵器を使った命懸けの戦いから、モータ・スポーツというクルマやバイクを使った命懸けの戦いへとパラダイム・シフトが起きていた事を。

 まさに真性団塊ジュニアの正念場ではないかと思うのだ。

Posted by Virtue at 09:01 | 静岡 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自動車
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