2006/10/18

朝、秋空の下で電波浴

 底抜けのバカとは云うが、朝日新聞が記事を書く度に世間では「とうとう此処迄来たか!w」「とうとう狂ったか!w」等と日本全国の朝の食卓で噴飯する。

 そして此で又、新たなるステージへと誘うべく、常人の想像を絶する精神的ブレイク・スルーを果たすのだ。

 因みに原文ママだよ、ドラクエの復活の呪文じゃないからねw

http://www.asahi.com/paper/column20061018.html
【天声人語】2006年10月18日(水曜日)付

 ここはどこだろう。まっくらだ。ワタシがだれなのかもわからない。まわりには、ワタシのようなものはいないようだ。これから、どうなるのだろうか。

 てがかりは、とおいかすかなきおくにしかない。いつかどこかで、ふたつのものがあわさってワタシというものがはじまったようなのだ。まだみてはいないが、このそとには、せかいというひろいところがあるらしい。そこには、オトコといういきものとオンナといういきものがいて、それがであってあたらしいいのちができる、ときいたきおくがある。

 ワタシは、ひにひにおおきくなってきた。せまいこのばしょではきゅうくつだ。そろそろ、せかいのほうにうつるころなのだろうか。

 「カッパ」といういきもののせかいでは、そとへのでぐちで、きかれるそうだ。アクタガワリュウノスケさんによると、チチオヤが、ハハオヤのおなかにむかっていう。「おまえは、このせかいへうまれてくるかどうか、よくかんがえたうえでへんじをしろ」。「いやだ」といえば、でなくてもいいらしい。

 あれあれっ、そとへおしだされそうだ。すごいあつりょくだ。だれも、でたいかどうかきいてくれない。きかれても、なんといえばいいのかわからないが、きかれないのもちょっとさびしい。

 ついに、そとへでた。ひかりがまぶしい。あたらしいせかいのはじまりだ。からだに、ちからがわいてくるようなきがした。ワタシをあのくらいところではぐくんでくれたオンナのひとが、ワタシのハハオヤのハハオヤだとは、まだしらなかった。

 此じゃサヨクというよりサイコだw

 では何故、気持ち悪さを感じるのか。
 プロ市民系の人間や団体が、寸劇や詩等の創作で口の利けない死者や子供をだしに使い、こうした手法で主張を訴え掛けて来る事はよくあるが、いつも思うのは、子供をだしにするわりには子供自身の置かれている立場や状況が、態とらしい位に客観的にハッキリと描写され過ぎていて、背後で操っている大人が子供のフリをして無知を装って作っているのが露骨に見えてしまい、いやらしく映ってしまうという事だ。
 だから今回の記事で言えば、子供の立場を踏んではいるものの、芥川がどうのと詳しく喋り過ぎて台無しになり精神分裂症状態、若しくは朝日記者が其の侭生まれて来る様な厚かましい程の気持ち悪さを感じるわけです。

 因みにハングルって平仮名みたいなものだから、実際こう見えるんでしょうね、朝日だけに予行演習か何かかと深読みしたくなります。
 否 祖国への暗号文かもしれないw

Posted by Virtue at 09:07 | 静岡 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
※半角英数字のみのコメントは投稿できません。

この記事へのトラックバック

.