2007/06/07

ナベツネ(=渡辺恒雄)

http://www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/news/20070601dde012040008000c.html
この国はどこへ行こうとしているのか 渡辺恒雄さん

 <おちおち死んではいられない>

 ◇若者よ、情熱はあるか−−読売新聞主筆、81歳・渡辺恒雄さん

 ◇僕は少年時から反戦でね、先の戦争は悪質な侵略だ、靖国には参拝しない

 休日の昼下がり、東京・九段の靖国神社境内で犬を連れ、散歩する1組の老夫婦、参拝はせず、ただ参道わきの茶店に腰を下ろし、ソース焼きそばをすする。そのひとときを「至福だ」と語る人こそ、東京・大手町の読売新聞東京本社7階主筆室にいる渡辺恒雄さんである。そこは神保町の古本屋かと見まがうばかり、それもカントやヘーゲルなどの哲学書が並ぶ。「隣には書庫まであるよ。ハハハ」

 断っておく。大先輩記者である渡辺さん(失礼ながら、ナベツネとしか呼んだことはないけれど)の言動をながめていて、ときにおやっと首をひねり、ときに腹立たしくもあった。私が関西人でアンチ巨人だからじゃない。その主導する論調は政権に寄り添い、しかもエラソー。新聞に独自の憲法改正試案まで発表する。でも会いたかった。この5月30日で81歳を迎えた。その年齢が気になった。

 と思っていたら、新聞の首相動静欄にはつい先日も安倍晋三首相とホテルで会食した、と記されていた。やはり老境とはほど遠いか。どんな会話を? 「そりゃ、言えんよ。そもそも安倍さんとは歴史観が違うんだ。僕は少年時から反戦でね。先の戦争も悪質な侵略戦争だと思っている。A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国には参拝しない。だが、彼は戦争を知らないから、仕方ないけどね。でも、彼の政治感覚は鋭く、首相に就任したとたん、中国と韓国を訪問し、融和政策をとった。大変な転換ですよ」

 戦時中は陸軍2等兵、東大に入ってすぐ勤労動員で新潟の農村へ、そこに赤紙の連絡が来た。「配属されたのは、米軍が上陸するとの想定で、それを迎え撃つための10センチ榴弾砲(りゅうだんほう)部隊。茅ケ崎のあたり、兵舎もない。みんな農家にばらばらにいた。ぬかるみの中、死ぬ思いで大砲を引っ張ったりしたんだ。でも、弾がないんだ。木の弾で練習するんだ。敵が上陸してきたら、どうなるんでありますか、と上官に聞いたら、そのときには配給が来るというんだ(笑い)」

 そんな兵隊暮らしをふと思い起こさせる味がある。ジャガイモ。「民家の軒先を借り、徹夜で歩哨に立ったとき、農家の人が施してくれたんだ。皿いっぱいのゆでたジャガイモ、小さなやつでね、まるごとゆでてある。それに塩をぶっかけて食った。最高なんだ。やがて死ぬ、戦争は負けると思っていたからね。飢餓地獄で出合ったその味はいまも忘れられない。ビフテキよりうまい。たまにスーパーで小粒のジャガイモを探してみるけど、なかなかないんだな」

   ■

 理想に燃え、戦後、渡辺さんは復学した東大で共産党に入るが、しばらくして「警察のスパイ」のレッテルを張られ、除名される。「共産党も軍と同じだと思ったね。ついでに論争もしたんだ」。ずっと哲学を志していた。「でも、哲学では食えない。ものを書くのに過剰な自信を持っていたから新聞記者になった。あのころ、有楽町には朝日や毎日のでっかいビルがあってね。読売はみすぼらしかったよ。試験があったら、朝日なんかも受けていただろうね。読売に入ったのが良かったのか悪かったのか、わからんけどな」

 みるみる渡辺さんは読売社内で頭角を現していく。政治記者として政権中枢の大物政治家に食らいつき、そのふところに飛び込んだ。そして、ついにトップにまで上り詰め、思いのまま保守の論陣を張る。あのジャガイモの話はどうなんです? 「いや、僕はね、軍の残虐性に反対なんであって。必要な戦争も、不必要な戦争もあるんだよ。たとえば、イラク戦争、読売は支持したんだからね。サダム・フセインはヒトラーだと思ったから。日本も、もっと早くにアメリカが最後通牒(つうちょう)のハル・ノートをつきつけてくれていたら中国侵略もできなかった。ギブアップしていた。そう思っている」

 「必要な戦争」と聞いて、がっかりした。それなら、と、おもむろに携えていた1冊の詩集を見せた。高村光太郎の「智恵子抄」である。渡辺さんは、その風貌(ふうぼう)に似合わず、愛妻家として聞こえている。夫人の篤子さんは元新劇女優。その夫人が1999年にくも膜下出血で倒れた。後遺症はあるものの、冒頭で紹介したごとく、2人そろって自宅近くの靖国神社境内を散歩できるまでに回復した。詩集を枕元に置き、精神を病んだ妻をいとおしむ光太郎の詩に感情移入した、と自身、エッセーで書いてもいた。詩集に「報告(智恵子に)」と題する詩があった。渡辺さんはどれどれ、と読んだ。

   ■

 日本はすつかり変りました。/あなたの身ぶるひする程いやがつてゐた/あの傍若無人のがさつな階級が/とにかく存在しないことになりました。/すつかり変つたといつても、/それは他力による変革で/(日本の再教育と人はいひます。)/内からの爆発であなたのやうに、/あんないきいきした新しい世界を/命にかけてしんから望んだ/さういふ自力で得たのでないことが/あなたの前では恥しい。/(略)/あなたの苦しみを今こそ思ふ。/日本の形は変りましたが、/あの苦しみを持たないわれわれの変革を/あなたに報告するのはつらいことです。

   ■

 「変革がアメリカ占領軍によってなされたのを光太郎は恥じているんだな」。その通り。ただどうでしょう、と尋ねた。ひたすらに憲法改正を急ぐいまの日本の風潮、われわれは智恵子ほど苦しんでいますかね? 「うーん」。渡辺さんはしばし言葉を失い、そして言った。「終戦直後、あの『善の研究』の入った西田幾多郎全集が売り出されたとき、岩波書店に3日間、徹夜の列ができたものだ。青年たちは哲学に飢え、本をあさっていた。そういう心があった。情熱があった。いまの若い人、哲学なんか読まんからねえ……」。ボロボロになった本をなでた。

 ふと見ると、壁に立てかけた額に達筆で<終生一記者を貫く 渡辺恒雄之碑>なる文字があった。

 「本音を言うと、あと2、3年じゃないかって思うよ。あれは中曽根(康弘元首相)さんに書いてもらった。墓地はあるんだが、この碑文を刻む石を探してるところなんだ。どこかにいい石ないかね。安くなくちゃいかんぞ」【鈴木琢磨】

 ×  ×  ×

 人間、誰しも晩年がある。さまざまな思いを抱き、人生をまっとうしつつある各界の著名人に、その胸に去来するものを聞く。10年を迎えたシリーズ「この国はどこへ行こうとしているのか」。今回は題して、おちおち死んではいられない−−。(毎週金曜に掲載)

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 ■人物略歴

 ◇わたなべ・つねお

 1926年生まれ。東大哲学科卒。50年、読売新聞社入社。ワシントン支局長、政治部長、論説委員長などを経て、現在、読売新聞グループ本社会長・主筆。読売巨人軍会長。政治記者としての著書に「派閥」「大臣」など、自伝エッセーに「わが人生記」がある。

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ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2007年6月1日 東京夕刊

 哲学は現実逃避の甘え、哲学書を読む奴はカンニング。

 ナベツネの時代は反戦・反日・反米・親中とワン・パックで連呼してれば好かった時代、筑紫哲也も然り。
 此奴等が団塊世代を煽動し、馬手(=右手)に平凡パンチ、弓手(=左手)に朝日を持った気狂いを「量産」した。
 其の頃には既に権力側に傾倒し、常に主流となる権力を追い求め、街宣記者として巧みに取り入り自らの帝国を築いた。
 だから先の戦争を一括りに否定・切り捨てつつ、「フセインはヒトラだ」と単純思考でイラク戦争支持で追従という芸当も出来る。
 危険だね。
 そして「自分は戦争を知っているから」と自己正当化。
 益々危険だね。
 何も戦後生まれが戦争を知らないとは限らない、以前アルピーヌの話した時に出て来た写真屋居たろ?
 彼奴はイスラエルに留学してライカ通信にも記事出してたが、前線にも出た事無いナベツネなんかよりもよっぽど戦争を知っている。
 従ってこんな風に「必要な戦争も有る」と抜かせるのは、結局包括的力関係の「戦争観念」しか知らないから、一日本国民でありながら「A級戦犯」呼ばわり出来るし他人事の様に靖国批判も出来る。
 だから人前で恥じらいも無く「自分は少年時代から反戦だった」等と堂々と言える。
 上官に戦争反対を訴えたか?嫌々だろうが従ったんだろ?
 終戦した途端、声を張り上げ自己正当化の様に体制批判を叫くのか、自分だけが平和主義者だと宣うな、恥を知れ。
 御前等みたいなのが戦争を知る絶対的多数の声、戦争の実態や悲惨さを60年以上も封殺して来たんだ。
 そして彼等サイレント・マジョリティは、黙々と日本再興への労働へと直向きに走り、ナベツネみたいな権力に癒着した聞屋は其の彼等を踏み台に成り上がり、其の間ノー・マークだった彼等の子供達、即ち団塊世代を洗脳した。
 こういう連中こそ真の「売国奴」「国賊」で、此奴が天皇と同席してるとこ見ると虫唾が走るね。

 上記の取材記者は頑張ったと思うよ、だが「筋」、「芯」が違う。
 所詮、創価学会の聖教新聞印刷の上下関係で、ナベツネと記者の内ゲバに過ぎない。

 正直ナベツネには長生きしてもらいたい。
 余生を慎ましくのんびり過ごそうなんて虫が好過ぎるし、少なくとも俺は赦さない。
 心臓が止まったら「頑張れや!」と電気ショックで何度でも甦生させ、逝くなら惨たらしく死んでもらいたい。
 悪党は悪党らしく死んでこそ悪党、そうじゃなきゃ世の中に示しが付かんし、少なくとも橋龍の様に大衆から全く惜しまれずに逝かなきゃいけないと思うわけ。
 だから奴が死んだら墓の所在地をGoogle Mapに分かり易くピン刺して晒し、墓石を蹴り倒しに行ってやる。
 勿論意味が有る。
 墓石は云わばあの世とを結ぶアンテナだ。
 だから何度起こそうが成仏出来ない様に何度でも蹴り倒してやる−−−−−−−−−−そんな気持ち。
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Posted by Virtue at 12:56 | 静岡 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | 言動分析名簿
この記事へのコメント
今の巨人軍の弱さの要因
1)原監督の希望采配こうあって欲しい、結果後の投手交代等
2)ラミネスの試合前のお茶らけ真剣さの欠如
以上上げやらきりないがこれらを提言できるのは渡辺会長以外ありません。50年間の巨人フアン川上の現役
そして川上監督の厳しさが懐かしいです。
Posted by 宮下功 at 2011/07/14 14:16
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