テロ警戒でパリ・ダカ全面中止 79年以来初めて
2008年01月04日23時32分
ポルトガルのリスボンを起点に5日から開催予定だった自動車のダカール・ラリー(通称パリ・ダカ)について、主催団体の仏ASOは4日、全面中止を発表した。日程の半分以上を占めるモーリタニアで「競技に対する直接的な危険がある」とテロ警戒を理由としている。79年に同ラリーが始まって以来、全面中止は初めて。
モーリタニアで先月、旅行中の仏人4人が殺害された事件を受け、仏外務省が3日、ラリー関係者も含む「すべてのフランス人が訪れないよう強く勧告する」と事実上、中止を促していた。
モーリタニア政府は「安全を保証する」と開催決行を促していたが、同ラリーは00年にニジェール通過のステージを中止にするなど、ここ数年、テロ警戒で部分的な変更が相次いでいた。
同ラリーは今回、サハラ砂漠を縦断する6000キロ近いコースで約2500人の参加者が競う予定だった。セネガルの首都ダカールに到着する20日までの期間中、11日から19日までがモーリタニアを通過する設定だった。
今回の殺人事件では、アルジェリアを拠点とする「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織」(AQIM)の関係者の犯行が疑われている。アルカイダ側がフランスを標的にする発言を繰り返しており、クシュネル外相が4日、「危険だと警告する」と改めてラリー中止を求めていた。
別に越中詩郎とは関係無い。
「私に出来る事は、冒険の扉を開く事だ。望むのなら連れて行こう。」(ティエリ・サビーヌ)
パリダカに出るのは子供の頃からの夢だ。
バブル全盛期はパイオニアが大会スポンサで、テレビ朝日でも毎日映像が入って来て欠かさず録画していた。
未だ主催者もASO(アモリー・スポーツ・オーガナイゼーション)ではなく、権利売却前のTSO(ティエリ・サビーヌ・オーガナイゼーション)と言って、ヘリで遭難者捜索の際、砂丘激突の墜落事故で亡くなったパリダカ創設者である息子、ティエリ・サビーヌの意思を父親のジルベール・サビーヌが継いで指揮していた時代の話だ。
後に高齢を理由に引退し、二輪と四輪の両部門で制覇するユベール・オリオールが引き継ぐのだが、あの父親全盛の時代はホント凄かった。
篠塚健次郎は当然現役で、俳優の夏木陽介のチームである『三菱シチズン・チーム夏木』の三菱ワークスのエースとして、三菱石油チームの増岡浩も市販車改造クラスで三菱ワークスとして走って居た。
勿論、三菱ニコン・チームの後にWRCで三菱ワークスの監督を務め、RAE(ラリーアート・ヨーロッパ)会長にもなるアル中コーワンのオッサン達も忘れてはいけないw
もちろんサポート(=下積み)時代のフォントネも忘れないで!w
其の三菱ワークスの宿敵が、今ではF1フェラーリ・チームでお馴染みのWRCから鞍替えしたジャン・トッド監督率いるプジョー・ワークス・チーム。
ドライバはWRCから転向したアリ・バタネン、そしてF1から転職したジャッキ・イクスというドリーム・チームだ。
そして太陽と月、油と水の様に此の二人がチーム・メイト同士でドッグ・ファイトをやりだすのである。
結局、コイントスでチーム・オーダを決めるとかw
バタネンて優勝するとポデュームでミルクで乾杯するんだぜ。
後にジャン・トッドはパリダカを離れ、ル・マン24時間レースでプジョー・ワークスを指揮する事になる。
其の後は皆さんも御存知の通りF1でフェラーリ・ワークス・チームへ。
そして彼は、WRC、パリ・ダカ、ル・マン、F1という世界最高峰の四輪モータ・スポーツの全競技を監督として優勝に導くという偉業を成し遂げるのである。
だから俺はジャン・トッドを心の底から尊崇の念を持っている。
二輪バイク部門でも、後に競技中に正面衝突で亡くなるカジバ・エレファントのジル・ラレイや、後に四輪に転向し三菱ワークス入りするヤマハのペテランセルが現役で、鯉幟で有名な後に日野ワークスからカミオン部門で走る事になる菅原義正が、バイクから転向しプライベータとしてチーム子連れ狼としてパジェロを駆って元気に走って居た。
チームで出場していたエンジョイDIY山村礼子(=山村レイコ)や山村雅康も未だあの頃は結婚していなかった。
そして親日家で日本のファンも多いBMWの故ガストン・ライエさんも忘れては為らない。
日産テラノのヒゲのオッサン、ネモジュンことチームNOKジャトコの根本純さんやいすゞビッグホーンでお馴染みチーム青柳大阪の浅井明・青柳暁子、此のオバサンは芦屋の金持ちとしてバリバリバリューにも出てたっけな。
兎にも角にも色んなドラマがあって書き切れない。
一番凄かったのはやっぱT3パジェロのプロト・タイプにでかい翼が着き始めた頃だろう。
でもまさか、後に其のエンジン開発者の坂野豊司先生が恩師になるなんて夢にも思っていなかったが。
ロスマンズ・カラーのパジェロも出て来て、WRCから転向したギャランVR-4で活躍したケネス・エリクソンやブルーノ・サビーとレイドのハイスピード化が加速し、クロスカントリー・レイド(=ラリー・レイド)からクロスカントリー・ラリーと呼ばれる様になった。
其れ迄プジョーの様な、後にPSAグループとしてシトロエンと交代するのだが、あんな市販車とは全くの別物のマシンで出場していたのはプジョーだけだった。
だってミッドシップの四駆だぜ、全く駆動系もエンジン・レイアウトも違うw
よく此の部門はWRCのグループBに例えられるが、実際ジャン・トッド率いるプジョー・チームのマシンは参入当初、WRCで走っていた205のベースだったわけだからね。
WRC出身のビヨン・ワルデガルドも居たし、其の頃にはジャッキー・イクスはラダ・サマラのプロトタイプに乗っていた。
あっそうそう、女優の岡本佳織もトヨタ・ワークスからハイラックス・サーフで出ていた。未だ片山右京が出場してない頃の話。
しかも日本人女性初で一度完走してる。
リタイアの年は時間切れが諦められず、小走りでオフィシャルに「ダメですか(涙」と掛け合い、泣きながらクルマに戻る後姿が印象的だった。
ホント二百数十キロの全開走行でのドッグ・ファイトのヘリ空撮はド迫力で興奮しまくった。
だって全開走行中に凹凸を拾ったショックで後輪が浮いて逆立ち状態で、無論ビビってアクセルを緩め減速すれば其の侭ノーズ・ダイブで前転クラッシュ、だからアクセル開けっぱなしで四駆のフロント・タイヤで引っ張って木の葉みたいに1秒近くユラユラと揺れながらガコンと尻餅着いて砂を巻き上げ、其のまんま走り続けるんだぜええ!
勿論クラッシュしたら全損で終了。
シノケンも前方が見えずに数十メートル空飛んで、前転に横転と揉みくちゃになって破片が散乱、ロールバーに頭を打ったコ・ドライバ(=ナビゲータ)のアンリ・マーニュは一時的な失明状態になった。
そう、今回のテロではないが、紛争地帯を横断中、カミオンがゲリラから銃撃されたり地雷を踏んで死傷事故が発生した事もあった。
みんな命懸けで走ってる。
クルマが止まって取り残されれば、でっかい鉈の様なサーベルを持った武装強盗に腕時計等を腕毎持って行かれたりもする。
紛争地域を掠めて行く事もしょっちゅうで、リエゾン区間ではジルベール・サビーヌ大会主催者自らサブ・マシンガンで武装して選手を移動させていた。
織田裕二もスタート・イベントで、観客に混じって見学する姿を見掛けたりもしたな。
将来、夏木陽介監督役で織田裕二、シノケン役で俺みたいなチームで出場出来たらなと妄想。
しかし今回の出場者は本当にショックだろうな、予防注射打ったりクルマ作ったり、出場手配や資金集めに何ヶ月も準備を重ね車検や予選(=スタート順決め)通過と漸く晴れて本競技開始という筈が、全面中止じゃ数百万もの経費がパーで特にプライベータはホント涙目だよな。
こうなって来るといよいよ、日本人主催者の誕生か?w
菅原さんやシノケンさんの出番ですよ!
もうね、こうなったら選手全員武装してやっちゃえw



