2008/02/13

市川崑監督死去

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2008021301009
2008/02/13-22:32 市川崑監督死去=「ビルマの竪琴」「犬神家の一族」など−ジャンルを超えた巨匠
 「ビルマの竪琴(たてごと)」「細雪(ささめゆき)」などの文芸作品のほか、娯楽物の「犬神家の一族」など幅広い映画作品で知られる映画監督の市川崑(いちかわ・こん)さんが13日午前1時55分、肺炎のため東京都港区の病院で死去した。92歳だった。葬儀は近親者のみで行い、後日お別れの会を開く。喪主は長男建美(たつみ)氏。
 1915年、三重県宇治山田市(現伊勢市)生まれ。少年時代は画家を目指したが、ディズニーのアニメ映画を見て感動、18歳で京都の映画会社に入った。動画の下絵描きなどの後に撮影部に移り、48年に野上弥生子原作「花ひらく」で監督デビュー。2作目の「三百六十五夜」がヒットし、漫画を原作に社会風刺を利かせた「プーサン」なども製作した。
 ベネチア国際映画祭サン・ジョルジョ賞を獲得した「ビルマの竪琴」(56年)以降、「炎上」「野火」など文芸作品で声価を高めた。記録映画も手掛け、「東京オリンピック」(65年)では「芸術か記録か」の論争を巻き起こした。国際的な映画賞も数多く受賞、「鍵」「東京オリンピック」はカンヌ国際映画祭で審査員賞などを受賞。ベルリン国際映画祭では特別功労賞を受けた。
 テレビにも進出し、「木枯し紋次郎」は一世を風靡(ふうび)。80歳を過ぎても製作意欲は衰えず、2年前には「犬神家の一族」を30年ぶりにリメークして話題となり、これが遺作となった。推理小説とマージャンが好きで、小さな帽子をかぶり、たばこをくわえたダンディーな姿がトレードマークだった。94年に文化功労者に選ばれたほか、紫綬褒章も受けた。昨年8月、三谷幸喜監督の「ザ・マジックアワー」(6月公開予定)に映画監督役で出演したのが、最後の活動になった。先月24日から息苦しさを訴え、入院していた。

 ヘビー・スモーカもといチェーン・スモーカで享年92歳、しかも生涯現役とは大往生、何という幸せな人生を全う出来た事か。

 市川崑監督の作品は、子供に見せる映画の様な気がする。
 此程スッと日本人の心に入って来る純度・透明度の高い空気の様な映画を作る人は居ないだろう。
 だからこそ子供に見せたい映画、大人になってからでは知識や人生観が邪魔して絶対に素直に見られない。
 飾り気無くかといって退屈もしない、見る側に理屈を必要とせず只有りの侭を見る側に求められる映画だ。
 庵野監督がオマージュした活字レイアウトも有名な話だが、エヴァンゲリオンもそんな純粋な目で観て欲しかった。

 特に幼少期だと「金田一耕助シリーズ」は「裸の大将放浪記」や「天までとどけ」と列ぶ夏休みのいい思い出だ。
 一人留守番で暇を持て余す児童にとって、昼下がりこっそりテレビで観る昼ドラや再放送、特にホラー系?サスペンスは格別だ。
 見終える頃にはもう夕暮れ、おかぁが仕事から帰ってくる。
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Posted by Virtue at 23:30 | 静岡 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感
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