最後にこんな事を言って締め括った「幸せとは衣食住である」と。
80点。
以前細木は「衣食住」について、人間は裸で生まれて来て其処で初めて衣を着せられ云々と尤もらしい事を説いていたが、日本では偶々語呂が好いからそういう順序で定着しただけであって、正しくは「食衣住(食衣住行育樂)」だ。
此は観念的にも具体的ロジックとしても正しい。
胎児が子宮という住居から人間として生まれ出て来て初めて鼻から外気呼吸へと変わり、臍帯(=臍の緒)が切られる事、其の瞬間から食のあり方が一変するからだ。
何て言うか、以前話した「心技体」の時もそうですが、活字至上主義というのか活字原理主義というのか活字馬鹿というのか、読んで得た知識を無批判に血肉してしまう能力というのか、事象を見た映像より活字ありき、脳内で現象をイメージより言葉が先行している感があって嫌なんだよね、想像力が無いというのか、ビタミン潰しの森鴎外みたいで。
そして「幸せ」、紛いなりにも衣食住で良しとしよう、だが足りない。
幸せとは「仕合わせ」であり、其れは「仕合う」のではなく「仕合わせる」という、人間同士が人々として生存して行く原始的な価値の連鎖から派生した共通項「作法」を指す。
無論其れは飽く迄結果論であり、人々が生き続ける限り変化する現象であるわけで、即ちそうした構造やシステムではなく経世済民という理念に宿る物、若しくは理念其の物であると言ってもいい。
従って幸せとは単なる観念や概念で止まる事ではなく、実利の伴う幸せなコミュニティを築く為の根幹を成すコミュニケーション手段の源流なのである。
此を知っていれば何も悩む事も無いし、カルト宗教に入信する事も架空の儲け話に乗せられる事も無いでしょう。
よく他人の不幸を飯の種にしているインチキコンサルタントが、「幸せとは何か」なんていう切り口の自己啓発でカネを巻き上げているでしょう。
其れで幸せになれたんなら其れでも構いませんが?其れは飽く迄、利益誘導上の心理的「幸福感」に過ぎず、一生「幸せとは何か」という真理を哲学の言葉遊びの様に追い求め続け、永遠と御布施をし、カネを巻き上げられ続けて死んで行くのでしょう。
此以上先は「宗教とは何か」という話になってしまいますので、此処で話すには時期的にも勿体無いので掘り下げませんが。
そうですね、当ブログのUUが10倍?10,000アクセス/日になったら載せようかと思います。
というのも現状で載せるとカルト教団とか悪用の弊害の方が大きくなると思うので。
だって困るでしょ、細木数子や美輪明宏みたいなのがわんさか出て来られたら・・だからある程度纏まった数の目撃者、大勢の方が見てる前で晒したいわけです。
で、だから80点。
結局あの婆さんは大きな間違いを抱えた侭去って行きました。
2008/03/29
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