可成り以前、“ダメだダメだ評論家”の代表格とも言える筑紫哲也が勤めるTBS『NEWS23』の特番で、若者から「何故人を殺してはいけないのか」と問われ、其れに答えられなくて、番組終わりに「私はその質問に答えられなかった・・」云々と変な哲学的問題であるかの様に締め括っていましたが、僕は其の時相当ショックを受けました。
そんな事も答えられないのかと。。
何故此のおっさんは「法律で決まってるからだ」と言えないのか?
恐らく「法律で決まってると何でやってはいけないのか?」「法律を何故守らなければならないのか?」抑も「何故そんな法律が出来たのか?」と問い詰められたら答えられなくないのでは?と思った瞬間、筑紫哲也の生き様自体が見えてしまった気がした。
ハッキリ言ってこんな図を見なくとも、「一々人々がもめたり恨む度殺しをしていたら、社会生活が円滑に成り立たないでしょう」ぐらいの事は言える筈だ。
と言うと「何故円滑にする必要があるか?」と更に突っ込む人が居るだろうけど、「あなたは私を殺さない。だからあなたも私を殺さないでくれ。という約束を一々個人個人で交わしていたら切りがないので国単位で共通の取り決めにした。」と答えればいい。
更に「そんな取り決めを認めた覚えはない」と逆ギレされたら「其のお陰であなたは、今の今迄殺されずに生きて来られたでしょ」とトドメをさしてやればいい。
それでも「いや、殺されずに生き延びる自信がある」と食い下がってくるかもしれない。
結局、歴史や文化の生い立ちがわかっていないから、「幼少期もなく突然自分の身が守れる様な状態で自分が発生した」的な発想をしてしまうのでしょう。
つまり自己の発生について先祖代々という概念、其れにも及ばないレベル、食べ物に例えるなら魚は切り身でしか知らない。野菜や果物も原形を知らない。という笑っていれられないレベル迄来ているという事です。
つまり結局は図にもあるように衣食住に立ち帰る事になる。
図1に占いと在ります。現在占いブームです。
其の下位には祭りがあります。祭りの価値についても見直されています。
つまり我が日本、いや、我が風土は現在、文明そのものの見直しが行われているわけです。
2005/11/29
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