2006/05/20

エレキに勝る君が代は無い


 フジテレビ『寺内ヘンドリックス』という番組で、様々なエレキ使いのアーティスト達が、君が代を奏でるコーナがあった。

 僕も其れに憧れて、当時流行っていたフェルナンデス『ZO3』を友人から買った。

 未だに全くギターは弾けないw

 最近よく思うんだけど、ピアノ教室は其処等中に在るのに、エレキ・ギター教室って殆ど聞いた事が無い。
 専門学校は在るが、入学する段階で弾けるのが前提だろう。
 つまり其の殆どが幼少時からの独学だ。
 しかもピアノを習っていたって、週一ペースが殆どで、そんな中で将来音楽の大学に進む人なんか希だろう。
 かく言う自分がそうだった。

 何十万もするピアノを買ってもらい、月五千円以上の月謝で毎週通う。
 「練習してないでしょ?」と先生に怒られ、思い起こせば先生の所へぶっつけ本番で毎週弾きに来ているようなもので、其れで上手くなる方が奇跡だw

 では、近所にエレキ・ギター教室が在ったらどうなるか。
 安いギター数万円を取り敢えず買ってもらい、或いはヤフオクで中古を安く購入。
 先生に「此がコードだ」とちょっとずつ教わりながらも、「おい、何か弾きたい曲はあるか?」「取り敢えず定番の笑点のテーマ曲でもやってみるか?w」みたいなやりとりも普通にあるだろう。

 しかしピアノ教室だとそうは行かない。
 つーか何故かそうさせてくれない。
 あの辛い辛い定番の練習曲をやらされる。
 隣近所であの練習曲が聞こえて来ると、騒音以上に気が滅入る精神的ダメージを覚える人も少なくはない筈だ。

 しかしギター教室なら、家庭教師だって悪くない。
 先生がギター一本担いで家へやって来る。
 ピアノだと調律や防音・消音設備等の関係で、生徒先のピアノでとはそう簡単にはいかない。

 安価なギターなら家庭環境を選ばない。
 「ギター一本で食って行く!」と言うと、直ぐプロのミュージシャンを想像してしまうが、教室を開けば生徒の数だって、ピアノなんかより遙かに多く見込めるだろう。
 其れこそママの片手間ピアノ教室より、父ちゃんのヘビーなギター教室の方が、専業で食っていける筈だ。
 即ちエレキ・ギターは、趣味でも実業でも実用性が高い分野だ。
 少なくともギター一本有れば、飢え死には無いだろう。

 当然上手ければの話だがw
Seesaaタグ
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2006/05/21

炭谷宗佑アナの盗撮事件で元日本テレ藪本雅子が擁護してる

http://blog.livedoor.jp/yabumoto_net/archives/50818567.html
2006年05月19日

盗撮で思う


日テレの若い社員が盗撮した件で、
やってしまった行為を擁護するわけではないのだけど、
おばさんは思う。

男の子は、それはもう幼稚園の頃から、
女の子のパンツが見たくて見たくてしょうがない生き物である。


私も何度もスカートめくりをされて、育った。
そして、パンツを見られないためにどうするか、一生懸命
考えて、防御する術を身に付けていく。
めくられてもいいように、紺のブルマーをはいていた。
スカートの中でジャージをひざ上までおりあげてはいていた。

今の子はそんなダサいことはせず、
見せてもいい下着をはいているんでしょ?
一度、若いママ友達がお尻の割れ目が見えそうな浅いジーンズをはいていて、
思いっきりパンツが見えていたから、
「ちょっと、見えてるわよ」
と注意したことがあった。
そうしたら、
「えっ、マジで言ってる?やばいよ、それ」
と言い返されたもの。

そうかあ、ジーンズの場合は、パンツが見えてもOKなんだー、と
おばさんはちょっとショックをうけた。

でも、スカートはどうなの?

スカートの中をのぞかれる、っていうのはとっても嫌なはず。
だって、パンツにシミでもついてたらどうする?
生理だったらどうする?
そりゃあ、大変恥ずかしいことだ。

だけど!それも恥ずかしいと思わない人たちが増えてきた。
私は何度も東京の地下鉄や、郊外の電車の中で、
短いスカートをはいているにもかかわらず、
大股開きでシートに座っている女子中・高生のグループを
目撃したことがある。
もちろん、丸見えだった。

おばさんは、何度注意しようと思ったことか。
でも、女子とはいえ、ちょっと怖い。
「うぜえんだよ、ばばあ」
とか何とか言われて取り囲まれたらどうしよう。
ナイフでも持っていたらどうしよう。
と思い、なるべく視線をはずすだけにした。
そして、あんまり目障りなので、車両を変えた。

ああいうのは、見苦しい。同姓として、恥ずかしい。
まわりの男性は、内心ニヤニヤしているのかもしれない。
でも、多くの人は不快感を覚えたんじゃないかと思う。
そういうパンツを見せる女子こそ、迷惑防止条例を理由に
検挙してほしいもんだ。

ミニスカートをはいている子達は、パンツを
見られない努力をしなさい!
座席に座る時は、膝頭はきちんと揃えて、
自分のかばんを膝に乗せて足を隠しなさい!
エスカレーターに乗るときは、かばんを後ろに回しなさい!
ミニをはくときのエチケットだ。

基本的には男っていうのは、女の子のパンツが見たい。
目の前にパンツが見えそうなかわいい子が歩いていたら、
必死になってのぞこうとするのが男だ。
触れるものなら、触りたい、脱がしてやりたい、と思うのが男。
目の前でパンツを見せられたら、
どうにかなってしまう男がいたっておかしくない。

だからといって、もちろん、盗撮をしていいとはならない。
一線は越えちゃいけない。
特に、マスコミは、人権や肖像権に敏感でなきゃいけないもの。
だから、子会社の社員で盗撮未遂をやった人は情け容赦なく
即刻クビにされた。
日テレの彼も、社会的制裁はうけたでしょ。
出来心であっても、結果は重い。重すぎる。・・・・・・・・。

 全然興味なかったので放っておいたんだけど、実名報道されていないのに社会的制裁も糞も有るかよw

 しかも子会社の人間は実名報道の上、クビになる事に対比される親会社の特権に疑問も持たず当然の如く語る始末。

 即ちアナウンサという公人職で、しかも四大ネットワークのキー局職員について、此のオバサンのアルゴリズムでは「雇用形態上の体裁>大報道機関公人職の責任」というウエイトなのだ。
 つまり、社会的責任より個人を優先したわけだ。

 しかも幼少期の子供同士のスカート捲りと、見ず知らずの相手を大人の公人が盗撮する事を一緒にしてるw

 想像だが、普通盗撮未遂と聞いたら、元々パンツが見えていた被写体を撮り損なったとは考え難い。
 矢張り、故意にアングルを構えて撮ろうとしたと考える方が自然だ。

 つーかやっぱどうでもいいw

追伸
 ブログが炎上中みたいですw

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歌丸と昇太の笑点のギャラの差

 今日は笑点が新装開店だったんだけど、歌さんと昇太(白)の着物の色は変わらなかった。
 歌さんは紺を着ると思っていたんだが。

 楽太郎が「歌丸師匠と昇太とのギャラの差を僕に」みたいなネタを言った時、締め間際に歌さんがポロッと「800万」とこぼしたw

Posted by Virtue at 18:14 | 静岡 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感
2006/05/23

BMW銀行

http://www.bmwbank.de/

 第一弾は米国だった筈。
 未だ本腰を入れてるわけでは無さそうですが、日本でも参入の噂が立って早6年。

 一方、ヨーロッパ式の贅沢を「高級」と勘違いして、日本の高級ブランド車として売っている、とてもとても恥ずかしいレクサスもといトヨタさんは、今大々的にやれば事実上、自動車メーカとしては初の世界展開として歴史に残るわけですが、其の先駆者としての不動の地位に対する価値に気付かない時点で、矢張り所詮三河の田舎者なんだなと思ったりするわけです。


【関連記事】
 トヨタはレクサス銀行を創るべきだ

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日本のYWCAも朝鮮カルト

 YWCAは『Young Woman's Christian Association(キリスト教女子青年会)』の事。

 YWCAの施設を利用した、民団のセミナです。

 報道メディア等の表に出て来る、政治活動をする日本のキリスト教団体の殆どは、自称キリスト教の朝鮮カルト教団である事は、以前から話題にはなっていますが、下記の文章にもYWCAの政治活動に関する発言が窺え、どうやら施設を使っていただけでは無く、YWCAの朝鮮人が参加者の様に思えます。
 まあ、普通の人は参加していないでしょうけど。

 参加者の鋭く身勝手な質問。
 対する講師は、意見の相違なのか想定外なのか、都合の悪い質問はまともに返答はせずにスルーで、あとは自分勝手な無駄話を長々とする。
 特に無駄話は、嘘を前提に仮定の話をしているから、相当酷い内容です。
 其れに同調する様に更に質問が出て来、過激派的発言へとエスカレートして行く。

 一体彼らは、日本でどういう教育を受けたらああなるんでしょうか。

 あえてソースは出さず「ソース俺」って事で、当サイトの責任で抹消された記事を載せます。
 下記の参照URLのヘッダから始まる記事の末尾に、質疑応答として続きがありました。
http://members.jcom.home.ne.jp/j-citizenship/siryousyuu7.htm
<ヘッダ>
在日外国籍市民の参政権を考える連続講座    第3回

演題:在日韓国・朝鮮人と国籍

 講師:李敬宰さん



日時:2001年12月14日18時30分〜 場所:京都YWCA

<抹消文>
[質疑応答]

○参加者

 いくつかお聞きしたいことがあるんですが、一つは「国籍取得緩和法案」が自民党などによって準備されましたけれど、その狙いは何かということです。日本の政府は以前は、在日韓国・朝鮮人を外国人であるということで、いろいろな権利から排除してきました。けれど、やはり歴史的な責任もあるし、八〇年代の指紋押捺反対闘争などの運動もあって、今ではそれが通らなくなってきている。外国人として排除するわけにもいかないし、さりとて日本人でもない。そういう、言葉は悪いかも知れないけれど、中間的な存在としての在日韓国・朝鮮人が掛け橋となって、国民という枠が揺らいできているように思うんです。参政権の問題なんかはそうですね。だから、扱いにくい在日韓国・朝鮮人を国民の中に入れてしまうことによって、国民という枠を立直そうということがあるんではないかと思うんです。それで、やはり国民と外国人との間を峻別し続けていきたいんじゃないか。

 もう一つは、それとも関連するんですけれど、国民国家というものをどう考えるかということです。確かに、現状で国民国家を解体して、市民国家というんですか、そういうものに変えるということはできないと思います。ただ、一言に国民国家といっても、不変のものではないんではないか。例えば、昔ある法務官僚が「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと自由」とかいうことを言いましたが、さすがに今ではそういうことは言えない。国際人権の一定の発展とかいうこともあって、外国人の人権ということも、少なくとも建て前としては言わざるをえない。だから、不変固定のものとしての国民国家と市民国家の二者択一ではなくて、その中間的なもの、移行的なものを目指していくということもあるんではないかというふうにも考えるんですが。その辺りのことについて、どういうふうに考えたらいいのか、話していただきたいのですが。

●講師

 「国籍取得緩和法案」の狙いというのは、たぶん、日本に住んでいる人間を国民か外国人かで明確に線引きしようとするところに狙いがあると思います。良いか悪いかは別にして、その線引きが一番分かりやすい。ところが今日本の社会は、在日がいるからその線が引けない状態になっていると思います。在日に外国人としての処遇をしようとすると、それは余りにもひどいのではないかという議論になります。在日に内国民待遇を与えていくと、それに伴って在日以外の外国人にも内国民待遇を与えなければならなくなります。日本政府にとって在日は非常に困った存在であると思うのです。それで、国民と外国人の間に明確に線が引けるようなことをやりたがっている側面も否定できません。しかし、在日韓国・朝鮮人の処遇として在日韓国・朝鮮人が簡単に日本国籍を簡単に取れるようにすることが、良いか悪いかを、皆さんが、主体的にどう考えるかということも問われています。

 例えばニューカマーの人達の処遇をどう考えるかと言ったときに、私は彼らにも日本国籍を与えたら良いと思っています。ニューカマーの処遇問題は国籍法を生地主義に改めれば問題はほぼ解決すると思っています。日本で生まれてきた子供は、民族や出身がどこであろうと全部日本の国籍が取れる。渡日一世の人達は外国籍で残りますけれど、渡日一世と国民との間で一定の差異があってもしかたがないでしょう。ただ、渡日一世についても五年や一〇年ぐらい経てば、地方参政権ぐらい与えるとか、国籍を取れるようにするとか、そういう議論を進めていけばいいんじゃないかと思っているのです。あとは、その人達の多様な民族や人種の教育保障や、就職差別を許さない社会システムをどう作っていくのかとか、そういうソフトの部分に力を注いでいけばいいのではないでしょうか。

 ところが現状は、在日がこの六〇年間苦労して改善してきたにもかかわらず、ニューカマーの人達がまた同じ苦労をしています。その意味では、日本社会は何も変化していなかったのです。これまで、在日にも権利があるように言われてきたのですが、それは全部恩恵だったのです。あれが権利として本当に確定しているのだったら、ニューカマーの人達が来たときにも、医療や福祉などの今日的な問題は起こらなかったはずです。

 こうした状況に対して、どう取り組んでいくのが一番良いのか、私たちの側もしっかりと具体案を持たなければなりません。政府・自民党は持っています。今、考えられている「国籍取得緩和法」が、その一例です。彼らは、これで外国人と日本人の間に明確な線引きをし、在日韓国・朝鮮人を日本人側に取り込んで、それでおしまいにしたがっていると思います。だけど、だからといって「国籍取得緩和法」はおかしいとだけ言っても、問題は解決しません。そう主張するなら在日韓国・朝鮮人の処遇について当事者や国民が納得するような対案が必要です。しかも、現実的な対案です。理想的すぎて非現実的な対案では意味がありません。「国籍取得緩和法案」の狙いは、外国人と国民の間に明確に線を引こうとしているのは、確かにその通りだと思いますが、しかし、すべて否定的に見るのではなく、その方向の中に、新しく創造的なものを追求すれば、在日韓国・朝鮮人次第で、もっと良い社会が実現できる可能性も含まれていると、私は思います。それは自民党とは目標なのですけど、そういうふうにできるか、できないかは、こちら側の問題でもあるわけです。

○参加者

 二つ質問したいんですけど、一つは、今の在日の若い世代がどういうふうに考えているかということです。もう一つは、日本の歴史的責任と在日の権利ということをどう考えたら良いかということです。

●講師

 まず、あなた方と同じくらいの在日の若い世代が何を考えているかということは、私にもよく分からないのです(笑)。たぶん、日本人の若者と同じ感覚だと思います。ただ、在日の青年は自分が韓国人や朝鮮人であることがばれたら嫌だと思いながら生きている人が結構いるということはいえます。それは非常に大きな問題だと思います。自分の持っているものをそのまま出すことができ、社会がそのまま受けとめてくれればそれでいいのですが、やはり差別的な社会ですので、差別を受けるわけです。在日韓国・朝鮮人側にそのことへの恐怖感が強くあることは事実だと思います。だから、日本人の若者と在日韓国・朝鮮人の若者は、日常の生き方の中では考え方なんかは同じように見えても、内心のところではちょっと違うのです。それは、外から見ていてもよく分かりません。我々の時代は、差別がもっと厳しくて社会との緊張した関係があったので、韓国人とか朝鮮人であることを必死で隠すということが外から見てもわかりやすかったのですが……。

 それから、歴史の責任という話ですけれど、これは難しい。ちゃんと歴史的な総括をすべきであるとか、戦後補償をすべきであるとか、これは正しい意見であると思うのですが、正しくても日本社会にはなかなか受け入れられていません。戦後補償もなかなかやらないし、過去の歴史については謝ったではないか、何回謝ったらいいのか、という形になっていると思います。昨今、また教科書問題もでてきました。歴史の問題は今の六〇とか七〇歳の政治家の人達では解決できないのではないでしょうか。若い世代が政治家でもなって、もう少し客観的に歴史を見て、また、韓国のほうも世代交代して、ちょうど同じ世代が侵略の当事者性のない、直接侵略したり、されたりしていない関係性の中議論すれば、共通した歴史観が生まれてくるのではないかと思います。

 戦後補償についても、引き続き訴えていかなければならないと思いますが、かといって過度にそれを主張するのもどうかなと思います。時間をかけて解決するしかないでしょう。本当は、野中さんみたいな人物が総理大臣になって、20世紀末に戦後処理を全部やってしまう。21世紀からは新しい未来関係で行くんだというふうにしないかなと期待していましたが、そうはなりませんでした。やはり21世紀も、地道に時間をかけて解決していくしかありません。

 在日韓国・朝鮮人の権利の問題ですが、今在日韓国・朝鮮人の中で一つの流れとして、日本社会に自分たちはどう貢献していけるのか、こういう言い方をする人達が出てきています。民団や総連は、今まで祖国には貢献しても日本社会に貢献するなんてことは考えてきませんでした。ダーティーな言い方をすれば、日本でお金を儲けてそれを祖国に注ぎ込んだらいいというぐらいのスタンスだったのです。それがある意味では日本社会の不信かった側面があったのではないかと思います。ところが、在日韓国・朝鮮人の事業家たちは、二世や三世がオーナーになってきていて、この人たちが在日韓国・朝鮮人は日本社会にどう貢献していくかということを言い始めているのです。在日の社会にも変化が起こってきています。権利だけを主張するのではなく、権利を持った分どうして日本社会に貢献していったらいいのかを考え始めているのです。

○参加者

 僕は普通の大学院生で、これまであまりこういう問題に直接関わりを持ったことはありません。「国旗・国歌」が問題になったときに、YWCAで「国旗・国歌を考える会」みたいな形で集まりがあって、それを覗かせてもらったぐらいなんです。だから、いろいろ知らないこともあって、お話はすごく勉強になりました。

 それで、一つ聞きたいんですけれど、国籍をとった上で韓国系市民として、どう社会に提言していけるのかということについてなんです。「国旗・国歌」の時もそうだったんですが、日本の公立の中学校なんかは日本の政府ー文部省が直接指導力を持っている学校で、政府の意志が直接反映されていく。それで、在日韓国・朝鮮人の人達が「国旗・国歌」を強制されたときに、自分たちは日本人ではないのにそれを強制されているという意見が非常に多かったんですね。それが「国旗・国歌」に反対する声をあげていた在日の人達の主張の拠所になっていることがあったと思うんです。しかし、韓国系市民として日本国籍をとってしまうと、例えば「国旗・国歌」の問題についてはどうしていくのか。

 それからもう一つ僕が思ったのは、在日の人達は、在日韓国・朝鮮人という枠で自分たちのことを考えてしまい、外国人という枠では自分たちのことを考えていない。ある在日の両親の方が言っていたのは、学校の先生は自分の息子に対して「お母さん」と呼ばせようとしている。でも、私は子供に「オモニ」と呼ばせてきたから、学校の先生のやり方はどうしても納得できない、と言っていたんですね。でも、そんなことを言ったら、ペルー人の子供もいれば、フィリピン人の子供もいるわけですね。それじゃあ、学校の先生はペルー人の子供にはペルー語で、フィリピン人の子供にはフィリピン語でしゃべらないといけなくなるじゃないですか。つまり、在日という枠だけで考えてしまって、どうして他の外国人と連携をとっていかないのかというのが、一つ大きな疑問なんです。さきほどのお話で、ニューカマーの人達は、在日が被ってきたのと同じ苦労をしていると言われたと思うんですが、在日という枠を取っ払って、外国人の連合体という方向性に動いていくということは考えていないんですか。

●講師

 「国旗・国歌」の話で、在日の拠所が、そういう所ではちょっと情けないと思います。日本人でも「国旗・国歌」は嫌だという人はいます。逆のことを言えば、在日の中でも「日の丸」掲げて軍艦マーチかけて走っている人もいるわけです。在日が右翼団体をやっているケースも少なくありません。だから、個人個人の意見ということでいいと思うのですけども。日本人にしても韓国人にしても、それぞれがどういう理由で反対するのかということを、自分の中にしっかり持っていれば、それでいいんじゃないかと私は思います。

 もう一つ、外国人の連合ということですが、私は今大阪の方で多民族共生人権教育センターという研究啓発団体の理事長をやっていますけれど、それは基本的には在日の問題をベースにしながらニューカマーの問題にも取り組んでいけるようにしています。こうした新しい動きが出てきています。ただ、私は外国人としての連携だとか連合だとかいうよりも、コリア系市民、あるいはフィリピン系市民、何々系市民というマイノリティーの連合のようなものを考えています。

 外国人というのを漢字で書いたら、外の国の人となりますが、日本人の外国人に対するイメージと言えば、「害国人」となります。日本の国に害を与える人というイメージです。その外国人のイメージを変えるためにも、例えばフィリピン人は「外国人」ではないようにしたいです。そのためには国籍法を生地主義に改めて、二世以降は○○系日本人になるように、日本人の概念を拡大して、日本人イコール大和民族にならないようにしたいです。繰り返しになりますが、渡日一世については三年ぐらいで市民権的な権利を持てるようにしていくのがいいのではないかと思っています。

 ただ、在日が日本国籍をとるということになると、天皇制の問題をどうするのかという人がいますが、外国人がたくさん日本国籍を取ったほうが、早く天皇制は潰れると思います。というのは、この先もどんどん外国系市民が増えます。ある統計では、一〇〇年後には五人の内三人が外国系になるといいます。そうなれば、日本で大和民族がマイノリティーになるのです。だから、私はあと一〇〇年生きて、なんとしても日本人を差別して死にたいです。これが夢です(笑)。そういう社会が来たら、その時に天皇なんていうのは小数民族の酋長さんみたいなものになります。

こうした素晴らしい戦術があるのに、それを、今の左派のように、日本国籍を取ったらダメだということをやっていたら、いつまでたっても天皇制は温存されたままではないですか。


○参加者

 天皇制の問題も、「日の丸・君が代」の問題もそうなんですけど、一番嫌な議論というのは、在日や部落の人達をどうするんだといって批判するやり方だと思うんです。そんなやり方をするんなら、反対するのを止めといたらと思うんです。やっぱり自分の問題として考えていかないといけないんじゃないかと思って。

 例えば、国籍取得の問題で僕が今一番不安なのは、国籍取得したら今度は徴兵制が敷かれるかも知れないじゃないですか。「テロ対策特措法」なんかできちゃって、自衛隊なんか入る人間いなくなってくるわけですよね。それで、国籍取ったとたん徴兵制なんか出てきちゃったり、九条が改憲されたりしてしまうかもしれない。だから、やっぱり問われているのは日本人だなと思うんです。

 さっき話が出たオールドカマーとニューカマーの問題もそうなんですけど、在日がもっとニューカマーのことを考えなきゃいけないというよりは、日本人がもっとニューカマーのことを考えないとどうしようもないと思うんです。在日が日本国籍を取っている人を含めて一〇〇万人として、純然たる日本人というのは一億人を超えているわけですよね。その一億が変わらないとやっぱり変わらないと思うんです。ただ、一億の人間が全部同じ方向を向くわけはないから、やっぱりどうやって主体的に変えていくのかということを考えていかないといけないと思います。

○参加者

 「国旗・国歌」のことについてなんですけれど、僕は「国旗」についてはやはり必要なんじゃないかと思うんです。どの国民国家もいろんな悲惨な歴史を持っているわけですね。どの国もそうだからといって、別に良いというわけじゃないんですが、やはり国家がある以上、一つの記号として「国旗」というものは必要なんじゃないかと思います。「君が代」の問題については、天皇賛美の歌を全国民に歌わせるというのは、宗教の自由というところから、おかしいと思うんですが。

●講師

 「国旗」が必要だという考えですね。

例えばドイツの国旗が、ナチス時代の「卍」型のものだったら、日本人はドイツの国旗は「ひどいなぁ」と思うはずです。けれども、日本の国旗になると、アジア侵略の象徴であった「日の丸」であっても、それで良いという人が結構いるのです。この感覚は他者(アジアなど)から見たら鈍感としか言いようがありません。でも、文句を言えないのです。なぜかといえば、日本がアジアにいっぱいお金を撒いている(援助)からです。アジアから日本に文句を言って、日本が経済援助してくれなくなったら、たちまち困るのです。文句を言いたくても言えない関係があるのです。

そこで、今、中国がどんどん力をつけています。中国の力が本物になったとき、アジアで日本は孤立するのではないかと心配します。日本ももうちょっと過去の歴史に誠実になって、昔とは違う日本(国民性)を尊敬してもらえるようにならないといけないと思います。でも、金持っている限り誠実にはならないでしょう。近所の成金のおっさんは、やっぱり誠実にはならないですから………。(笑)。

_

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 社会問題を朝鮮イデオロギによる捏造史で色付けし政治問題化。
 だから彼らの政治言動を追求すると、とんでもない歴史観で動いている事に気付く。
 其れを更に掘り下げて行くと朝鮮思想に辿り着き、思想実現の為なら嘘は嘘ではないという、日本人からしたら信じ難い発言が飛び出て来る。
 まさに利権絡みの、社会問題ロンダリング。

 ホント彼奴等と来たら、思想実現の為なら宗教でも社会問題でも、利用出来る物は何でも利用しやがる。

 中でも、鉤十字のハーケンクロイツは元々ナチス党の旗を国旗にしたものなのに、昔から使っている日本の日の丸国旗と同列に対比して日の丸批判。
 おまけにアジアの国々が其れを批判しないのは、日本が金をバラ撒いているからだと言い掛かり。
 其の一番金を貰ってる中国・韓国・北朝鮮が、イデオロギを翳して一番態度がでかいんだからこんな酷い話は無い。
 結局最後は、経済コンプレックス丸出しの妬み口。

 日本を多民族国家に変えるだと?
 「テメーの国でやれ!」

 では何故自国でやらないか。
 天皇は要らない、神道も要らない、即ち文化は要らない、結局土地・財産、カネが目当て。

 剰りの身勝手さに頭に血が上りますが、中でも赤字の部分は流石の俺も此を読んで殺意を覚えたぐらいですから、ガチの職業右翼だったらどうなるかと想像もつきません。

 自分自身、天皇「制」は潰すべきだと思っていますが、其れとは全く話が違います。


【関連記事】
 天皇は制度じゃないだろ!
Seesaaタグ
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kwsk

くわしく【kwsk/詳しく】
 2ちゃんねる等で、詳しく知りたい時や話を掘り下げて欲しい時、情報を求める時にレス・アンカを打つ等して使う。
 「>>1 フグ計画について−」

 此、初めて使った人は天才だな。
 発端はミス・タイプか何かだと思うが、一目見ただけで誰でも一発で意味がわかる。
Seesaaタグ
Posted by Virtue at 21:02 | 静岡 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感
2006/05/24

ゼロ磁場(零磁場)地帯

 2006/02/23 木曜日放送のフジテレビ『奇跡体験アンビリバボー』で、「奇跡“気功パワー”の正体 徹底解明スペシャル」をやっていた。

http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/p323_4.html

 張志祥氏の氣功能力からゼロ磁場についての答えを導き出すに至った。

 今頃何でこんな話をするのかというと、昨日夕方頃寝ている最中に夢の中でゼロ磁場地帯の他の計測(観測)手法を考えたからだ。

 自分でも何で今頃と思うわけだが、何でこんな簡単な事に気付かなかったのかと、フジの番組制作の「此以上はわからない」的な巧妙なまとめ方に落胆した。

 勿論、ゼロ磁場だから、磁場を計測すればゼロなわけだけど、テレビでは其れ以外に何かをモニタする方法があれば、気の謎に迫れるかもしれないという落とし方だった筈。

 ゼロ磁場と気功の関係についてもう少し詳しく話すなら、二つの強烈な磁場発生源がプラスとマイナスで丁度打ち消し合っている状態。
 日本にも唯一のゼロ磁場地帯が長野県分杭(ぶんくい)峠に有る様だ。
 丁度、大鹿村と上伊那郡長谷村の境にある断層の影響らしいが、要は二つの相反する強烈な磁力発生源が、互いに磁力を打ち消し合い、更に強烈な力で押し合ってベクトル的に釣り合って静止、断層動かない状態の所が、所謂『ゼロ磁場地帯』だと言う事だ。
 勿論、釣り合わなければ、地面が動いて地震が起きる。
 其れを上の気功師は体感的にわかるという事で、実際人体にも影響を与える事から、磁場や地層から気の謎が解けるのではないかという説に至った。

 即ち所謂『ゼロ磁場地帯』とは、単なる磁界がゼロの場所という話ではなく、膨大なエネルギを貯め込んだ『ゼロ磁場高エネルギ地帯』と言える。

 そしてテレビでは、其の動きが目に見えない内に秘めた強大なエネルギの存在を計測出来た時、其れが気の計測手段に成り得るのではという事だった。

 何か一つ忘れていないか?

 テレビでも例に挙げられていた事だが、例えば綱引きで釣り合った状態や、其の逆で押し倉饅頭で釣り合った状態。
 即ち仕事量はゼロだが、エネルギは消費している状態だ。
 もし此で気の計測のヒントになるのなら、地面を蹴って、地面を基準にエネルギが発生しているわけだから、筋力計測や或いは其の状態を計測するなら、サーモグラフィで人間が発生している熱量や歪み計等で観測出きる筈だ。

 という事を夢の中で考えた。

 抑も、其の例えは合っているのか?

 其の一方で電磁石を用いてゼロ磁場の説明もしている。
 従って二つの考え方が出て来てしまう。
 つまり、二つ磁石がひっついた状態と、更に其れを押し付ける力を加えた、言い換えれば、磁力発生源が相対的に引っ付いた状態と、其の相対的に引っ付いた磁石を地面等を基準にして更に其れを押し付ける力を加えた状態という二通りの考え方だ。

 ではゼロ磁場地帯ではどちらかというと、後者が其れに当たるだろう。
 断層が磁力を帯びてるとは言っても、そんな強力なものではない。
 磁力で断層がひしめき合っていると言うよりは、地殻の動きに圧されていると見るのが普通だろう。
 では其の地殻は・・と、マクロ的にどんどん辿って行くと、マントルと其処から発生する地磁気、そして惑星同士に働く遠心力や向心力(万有引力)と、結局其の釣り合いという点で『重力』ではないかという仮説が出る。
 しかし其のマクロ的見地からすれば、宇宙空間に浮かぶ引き合う物という点で、前者か?と思ってしまうわけだが、其処迄行くと絶対的基準・価値て何だ?みたいな話になってしまうわけだが。

 其処迄行くとわからないので、今度は其処から逆に重力を念頭に置いて、惑星同士の公転の釣り合いの、惑星の自転の釣り合いの・・・と断層の釣り合い迄、ミクロに辿って行っても「此の番組は重力について考察しないのか?」という疑問が残るわけだ。

 何れにしても、ゼロ磁場の効能というより、地質学的な重力やエネルギの蓄積による釣り合いという点に目を向けた方が、気の謎を解く道が開けそうだ。

 「思考はエネルギだ」と聞くが、思考を言葉で伝える時には空気を振動するエネルギに変換して、空中を情報が飛び交うわけだが、では「気はエネルギだ」と単純に捉えるなら、どういう形で伝わるかは不明にしても、エネルギ発生源のエネルギ量はあらゆる計測機器を駆使すれば計れるわけだ。

 つまり其れがゼロ磁場の環境に等しいのだから、此は地震予知にも通じる学問で、地震観測機器を駆使してエネルギを算出し、其れが生物にどういう形で伝え影響を及ぼしているかを研究しても、気の謎に迫れるという事になる。

 従って人か地かで選べば、自分は地からアプローチして、或いは天文学とか物理学で重力や引力が空間に与える影響を研究をした方が、気に迫り易いのではと思った。

 もしかして気の力を発生させる気功って、引力発生法?其処から重力が影響してくるのか?

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2006/05/25

突如降って湧き出る本/CD/DVDの謎

 2ちゃんねる等で突然、ロリアニメか何かのタイトルで記事が溢れる事がある。

 特に自分みたいな、地方に住んでいて何の事だか全くピンと来ない人間からすると、?マーク出まくりだろう。
 其処で多くの人は検索を掛ける。
 すると、其のワードに関する記事が載っているブログが、大量に表れる。
 そして其処には、其の関連商品の膨大なアフィリエイト・リンクが貼ってある。
 其の殆どはアマゾンだが、購入すると商品は売れ行きランキングの上位へ担ぎ上げられ、其れがまたブログや2ちゃんねるで話題になって循環する。

 だから「Amazonトップセラー」を見ると、ハルヒとか言う意味不明な商品がランクインしているのがわかるだろう。
 自分は未だに其の「ハルヒ」が何なのか知りませんが。

 つまり検索に引っ掛かる様にするには、事前に何十日も前から周到な準備が必要になってくるわけだ。
 此はとても片手間で出来る作業ではない。
 きっと専業なんだろう。

 『嫌韓流』の時もそうだった。
 発売前から頻りに買いを煽っていた。
 あの時も予約販売で先行していたのはアマゾンだった。
 無論一番得したのは当然作者だが。

 自分が知ってる知識をわざわざ人から買うバカなんて希だから、物書きや評論家の推薦等を含め「買って本を回し読みして知識を広めよう!」なんて煽る奴も、どう見たって売り手の論理だ。
 もし此が、単なる一消費者という、買い手の論理だけでやっている人間が居たとしたら、其れはまさに病気だ。
 書いてある内容が本当の事とはいえ、相手の負の要素天こ盛りの本を、其処迄必死に勧める必要あるのか?と懐疑的になるだろう。

 つまり売れれば恩恵を受ける奴等が、率先的に動いているわけだ。
 其れが作者なのか、出版社なのか、アマゾンなのか、アフィリエイタなのか迄は特定出来ませんが、あの時の現象も異様だった。

Posted by Virtue at 08:04 | 静岡 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感

牛丼一杯で世相を反映

http://www.asahi.com/business/update/0523/167.html
すき家、米産牛肉当面使用せず 「安全性確保できない」
2006年05月23日23時27分

 「すき家」などを展開する牛丼チェーン最大手ゼンショーの小川賢太郎社長は23日、政府が6月にも輸入再開を決定する米国産牛肉について、「安全性が確保できない」として、当面使用しない方針を表明した。

 ゼンショーは、昨年12月に輸入がいったん再開された際も使用を見送っている。小川社長は「(危険部位が混入しないよう米国側が)注意するだけなら、20世紀後半の安全水準にも満たない。システムを変えてもらいたい」とし、使用再開は全頭検査の導入など、安全確保策の改善が前提との考えを示した。

 大手牛丼チェーンでは吉野家が「安全性に問題はない」とし輸入再開決定後、1〜1カ月半で米国産牛肉を使った牛丼販売を始める計画。松屋フーズは「絶対に使わないというわけではないが、慎重に見極めている」と様子見の姿勢で、大手各社で対応が分かれている。現在、ゼンショーは豪州産、松屋は主に中国産牛肉で牛丼を販売しているが、吉野家は販売を停止したままだ。

 即ち
<すき家>
「安全性が確保できない」

<ゼンショー>
「(危険部位が混入しないよう米国側が)注意するだけなら、20世紀後半の安全水準にも満たない。システムを変えてもらいたい」

<松屋フーズ>
「絶対に使わないというわけではないが、慎重に見極めている」

<吉野家>
「安全性に問題はない」

 輸入再開を訴え、使う気満々の吉牛ですが、何れ消費者から結果がもたらされる。
 少なくとも今の吉牛は、筋肉マンの時代の姿ではない。


【関連記事】
 BSE牛肉の輸入を記念して、

Posted by Virtue at 09:03 | 静岡 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学/雑感

経団連会長、御手洗へ

http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200605250028a.nwc
「御手洗経団連」発足 技術立国で持続成長へ

 日本経団連は二十四日、定時総会を開き、第二代会長に御手洗冨士夫キヤノン会長(70)を選任し、「御手洗経団連」が発足した。二期四年務めた初代会長の奥田碩(ひろし)トヨタ自動車会長(73)は名誉会長に就任した。IT(情報技術)関連企業からの会長就任は、二〇〇二年に日経連と統合する前の旧経団連時代を含め初めてとなる。

 新任の副会長に新日本石油の渡文明会長(69)と味の素の江頭邦雄会長(68)が就いた。

 総会後に記者会見した御手洗新会長は、「回復の兆しが出ている経済の成長を確かなものにしていきたい。そのためにもイノベーション(変革)が必要。具体的には技術立国を進めたい」と抱負を語った。また、「来年初頭を目標にビジョンを出したい」と述べた。御手洗氏は一九九五年にキヤノン社長に就き、液晶ディスプレー事業からの撤退など経営改革を断行。徹底した成果主義の賃金体系を導入する一方で、日本型の終身雇用を両立し、「人を大切にする」という経営理念を貫き、同社を世界的な超優良企業に育て上げた。

 御手洗経団連は、奥田前会長が小泉純一郎政権と一体となり推し進めた構造改革路線を継承すると同時に、新産業の創出や技術立国による持続的な経済成長の実現を目指す考えだ。



【プロフィル】

 御手洗冨士夫氏(みたらい・ふじお) 1961年中大法卒。キヤノンカメラ(現キヤノン)入社。キヤノンU・S・A社長などを経て、95年キヤノン社長、2006年5月から会長。大分県出身。

 奥田が狂いだしたのは、中国を訪れてからだ。

 一方、此のおっさんは意外と前評判はいいが、経団連初?の外資系企業って事になるんじゃないかな。
 其の為に政党助成金の法律を変えたんだろ?w

 まあ奥田が経団連でやってしまった数々の行いは、当然受け継がれるわけで、今更誰が会長になろうとダメなもんはダメなんだけどね。

 技術立国と言うが、キヤノンは特許の出願数が高くても、作る製品が糞だからどうしようもないんだよな。
 ソニーと一緒で直ぐ壊れるんだよ。
 キャノオタは「繊細だから」と苦し紛れに言うが、クルマの問題点を指摘されると発狂する自分の事を「スバリスト」とか言っちゃうスバオタと一緒で、そういう体質がモノづくりをダメにする。
 しかし現場の開発陣は、べた褒めする連中より問題点を知りたがっていたりする。
 此はキヤノンの話だけど。

 抑も、カメラ・メーカが日本の独壇場で、ライバルが居ないから問題なんだよ。
 ちゃっちいボロカメラ同士では、比較のしようがない。
 家庭向けのコンパクトデジカメでさえ、「価格相応の写り」と満足して使ってる人なんて少ないだろう。

 報道の兄ちゃんとか、国産を使っているプロに「其のカメラどお?」って聞いてみ、自分のカメラを誉める人間なんてカメオタぐらいだって事がわかるから。
 まぁフリーを除けば、報道陣のバックにメーカのサービスとか着いている場合があるから、悪口もそう言えるものではないだろうけどw

Posted by Virtue at 12:03 | 静岡 🌁 | Comment(0) | TrackBack(1) | 雑学/雑感

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